コミュニティサイトの運営は、本当にエキサイティングでした。
いまでは当たり前になってしまったネットでの交流も、13年前は、まったく違いました。
見ず知らずの人間が空間を一気に飛び越えて出会えることに、メンバーも事務局も、感動していました。
メンバーも初心者ばかりなら、事務局も始めてのことだらけでした。
まさに、走りながら考えるという状態でした。
もちろん、楽しいことばかりではありませんでした。
人間関係のトラブルがいちばん大変でした。
いわゆる誹謗中傷合戦になってしまって、せっかく交流しようと思って入られた方に、いやな思いをさせてしまったこともありました。
コミュニティは雰囲気がとても大事です。
人間はプラスの感情、マイナスの感情、いろんな側面をもって生きていますが、全体の流れがプラスに傾けば、皆さん、プラスの側面を出してきてくださいます。
ささくれ立っていると、皆、マイナスの側面ばかり目立つようになってしまう。
ネット上のトラブルは、往々にして、ネットの「お作法」に不慣れなことからくることが多いです。
ネットでものすごく攻撃的なことを書いておられる方が、お会いしてみると、とても気の弱そうな、優しそうな方だった、なんていうことも、ありました。
基本的なルールとエチケットさえわかっていけば、トラブルに巻き込まれることも、人にいやな思いをさせることも少なくなります。
えらそうに書いていますが、私もコミュニティを運営しながら、メンバーの皆様といっしょに悩み、少しずつ学び、成長してきたと思います。
シニア・ナビがいまのようなアットホームな雰囲気になれたのは、設立当初から活動してくださったメンバーの方々のお力が大きいです。
特に女性メンバー方は、コミュニケーション能力が高く、コミュニティを本当に活き活きとしたものに、血の通ったものにしてくださいました。
もちろん、男性は、女性とは違った活躍をたくさんしてくださいました。
女性がトラブルに巻き込まれそうになったら、スクラムを組んで守ってくれたり、積極的にオフ会を企画してくださったりして、コミュニティをとても楽しいものにしてくださいました。
メンバーも事務局も、痛い目にあいながらも、少しずつ学び、成長してきたように思います。
2012年4月25日水曜日
2012年3月17日土曜日
シニア・ナビ誕生秘話 (2)
私たちは小さな会社なので、資金面では、とても大手にはかないません。
大手が参入しないジャンルで、なにかないか。
それに、社会貢献できるような仕事がしたい。
いまでいうソーシャルビジネスのようなものを考えていました。
当時は、50代以上でパソコン、インターネットを利用している割合は非常に少なく、シニア向けサイトも、介護関連がほとんどを占めていた時代でした。
1999年は、介護保険制度が導入される前年で、世間は、「高齢者=介護が必要な人」といった流れになっていました。
高齢化社会が取りざたされ、マイナスイメージばかりが強調されていたのです。
しかし一方で、1999年は、国連で決議された国際高齢者年でもありました。
高齢者の自立、参加、ケア、自己実現、尊厳の実現をモットーに、世界的な取り組みが行われた年でもありました。
社会で活き活きと活躍するシニアの方はたくさんいる。
そうだ、そんなアクティブシニアのためのサイトを作ろう。
それが、シニア・ナビ誕生のきっかけでした。
日本には先例がなかったので、参考にしたのは、アメリカのシニアサイト。
アクティブなシニアが、様々な分野で活躍している様子に、刺激を受けました。
資金もなく、手作りのサイトづくりでしたが、スタートと同時に、多くの方に注目していただき、マスコミでも取り上げていただきました。
コミュニティには、メンバー登録が相次ぎ、談話室や日記、プロフィールやらで、活発な交流が始まりました。
習い始めたばかりのパソコンと格闘しながら、やっと書込みができたことに、おおきな喜びを感じていらっしゃる様子が、事務局にも届いていました。
ネット上での交流が盛んになるにつれ、パソコンの向こうにいる人は、いったいどんな人たちなんだろう、という興味が、私の中にむくむくと頭をもたげてきました。
⇒「自主企画のオフ会が盛んに」へ
大手が参入しないジャンルで、なにかないか。
それに、社会貢献できるような仕事がしたい。
いまでいうソーシャルビジネスのようなものを考えていました。
当時は、50代以上でパソコン、インターネットを利用している割合は非常に少なく、シニア向けサイトも、介護関連がほとんどを占めていた時代でした。
1999年は、介護保険制度が導入される前年で、世間は、「高齢者=介護が必要な人」といった流れになっていました。
高齢化社会が取りざたされ、マイナスイメージばかりが強調されていたのです。
しかし一方で、1999年は、国連で決議された国際高齢者年でもありました。
高齢者の自立、参加、ケア、自己実現、尊厳の実現をモットーに、世界的な取り組みが行われた年でもありました。
社会で活き活きと活躍するシニアの方はたくさんいる。
そうだ、そんなアクティブシニアのためのサイトを作ろう。
それが、シニア・ナビ誕生のきっかけでした。
日本には先例がなかったので、参考にしたのは、アメリカのシニアサイト。
アクティブなシニアが、様々な分野で活躍している様子に、刺激を受けました。
資金もなく、手作りのサイトづくりでしたが、スタートと同時に、多くの方に注目していただき、マスコミでも取り上げていただきました。
コミュニティには、メンバー登録が相次ぎ、談話室や日記、プロフィールやらで、活発な交流が始まりました。
習い始めたばかりのパソコンと格闘しながら、やっと書込みができたことに、おおきな喜びを感じていらっしゃる様子が、事務局にも届いていました。
ネット上での交流が盛んになるにつれ、パソコンの向こうにいる人は、いったいどんな人たちなんだろう、という興味が、私の中にむくむくと頭をもたげてきました。
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2012年3月12日月曜日
シニア・ナビ誕生秘話 (1)
シニア・ナビは1999年3月に産声を上げました。
おかげさまでこの3月で、13周年を迎えることができました。
「これもひとえに・・・」と、続くところですが、紋切り型の挨拶ほどつまらないものはないでしょう。
今日は、もっと、シニア・ナビ草創期の立ち入ったお話をしましょう。
私は当時、編集プロダクションを主宰していました。
1997年、インターネットの草創期のことでした。
幸運にも、長野オリンにピック関連の仕事で、サイト制作にかかわる機会を得たのです。
ホームタウンホームページというサイトです。
日本各地の情報を取材して、ネットで情報発信するとというものでした。
今でも、下記でごらんいただけます。
http://hometown.infocreate.co.jp/
テキストがあって、写真があってという、まるで雑誌のようなつくりですね。(笑)
デジカメだって、まだ普及していない時代です。
それでも、ネットを通じて世界中に発信できるということだけで、感動しました。
これからは絶対インターネットの時代だと、私はそのとき確信しました。
⇒シニア・ナビ誕生秘話 (2)へ
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